大学時代、深夜までバイトをしていた頃の話だ。
俺は帰り道にタクシーを使うことが多かった。終電を逃すこともしばしばで、仕方なくタクシーに乗っていたが、ある日を境にそれが怖くなった。

その日も深夜2時を過ぎていて、俺はバイト先の前の道路でタクシーを拾った。
運転手は無愛想な中年の男だった。無言で乗せると、ただ「どこまで?」と聞かれ、俺は自宅の住所を伝えた。

タクシーは静かに走り出した。
深夜の街は静まり返り、車のエンジン音だけが響く。ぼんやり外を眺めていた俺は、次第に違和感を覚えた。

「…遠回りしてないか?」
taxi_horror_scene


いつもなら15分程度で着く道なのに、もう20分以上経っていた。道も見覚えがない。
不審に思って、運転手に声をかけようとしたが、なぜか言葉が出なかった。喉が詰まったように、息がうまくできない。

運転手の背中を見て、さらに異様なものに気がついた。
首が、無い。

いや、正確には、見えないのだ。ヘッドレストの上に顔があるはずなのに、そこは黒くぼやけていた。

恐怖に駆られて、俺はドアのハンドルを引こうとした。が、開かない。鍵がかかっている。
冷や汗が背中を伝う。

「…どこに向かってるんですか?」

ようやく絞り出した声に、運転手はピクリと反応した。
スローモーションのように、奴はゆっくりと振り向いた。

見えなかった顔が、そこにあった。

口元は引き裂かれたように裂け、歯がむき出しになっていた。
目は、黒い空洞だった。

「ここまで連れてこいって言われてるんでね」

ガタガタと震える俺をよそに、タクシーは細い山道に入っていった。

「どこに…?」

奴は答えなかった。ただ、ミラー越しに俺をじっと見つめていた。

――その後、俺はどうやって逃げたのか覚えていない。
気がついたときには、朝日が差し込む駅前のベンチに座っていた。

携帯を見ると、タクシーを拾ったはずの時間から数時間が経っていた。

あれは夢だったのか?そう思いたかったが、ズボンのポケットに突っ込んでいたタクシーの領収書が、現実を突きつけた。

「運賃 6,660円」

宛名の欄には、こう書かれていた。

「迎えに来ます」

それ以来、俺は深夜のタクシーには二度と乗らないようにしている。





蹴りたい