小学校の集合写真は、毎年、体育館の壇上で撮られた。

学年ごとに雛壇に並んで、カメラマンが「はい、動かないでくださーい」と言う。シャッターが切れるまでの数秒間、みんな笑顔を固定したまま、じっとしている。

うちの学校には、古い用務員のおじさんがいた。名前は知らない。みんな「おじさん」としか呼んでいなかった。

一年生の頃、廊下に飾られた集合写真の前を通りかかったとき、そのおじさんに声をかけられたことがある。

「写真、じっと見るもんじゃないよ」

なんで、と聞くと、おじさんは箒を動かしながら言った。

「数が合わないことに、気づいちまうから」

そのときは意味が分からなかった。ただ、その日から俺は、写真の前を通るたびに、なんとなく目をそらすようになった。
ChatGPT Image 2026年7月2日 11_32_49


三年生の秋、隣の席の丸山が、その意味を教えてくれることになる。

丸山とは一年生の頃から仲が良かった。家が近くて、休み時間も放課後も、だいたい一緒にいた。図鑑が好きで、昆虫のページを開いては、どっちが先にカブトムシを見つけるか競争していた。

ある日の放課後、丸山が教室の後ろに貼られた集合写真を指差した。

「なあ。この写真、数えると多くないか」

俺は嫌な予感がした。

「やめとけよ」

「ちょっとだけ」

丸山は写真に顔を近づけて、一人ずつ指で追っていった。

「二十九、三十、三十一」

名簿上のクラスの人数は、三十人だった。

「もう一回」

数え直しても、三十一人だった。

丸山は目を輝かせた。

「先生に聞いてみようぜ」

俺は止めたが、丸山は本当に担任のところへ行った。写真を指差して、「これ、何人写ってますか」と聞いたらしい。

先生は少し困った顔をして、こう答えたという。

「さあ……数えたことないな」

それから丸山は、集合写真に妙にこだわるようになった。

家のデジカメで写真を撮り、パソコンに取り込んで、一人ずつ丸で囲んでいると言った。

「誰が余分なのか、絶対に分かるはずなんだよ」

俺はおじさんの言葉を思い出して、もう一度止めた。

「やめとけって。数えるなって言われたろ」

「誰に」

「用務員のおじさんに」

丸山は笑った。

「あのおじさん、いつも変なこと言ってるじゃん」

一週間後、丸山は言った。

「分かったかもしれない」

放課後、丸山は俺を写真の前に連れて行った。

「三列目。右から四番目」

そこには、見覚えのない女の子が写っていた。

おかっぱ頭で、少し俯いている。他の子たちのように笑っていない。けれど、制服も並び方も自然で、最初からそこにいたみたいだった。

「こんな子、いたか?」

俺は記憶を探ったが、思い出せなかった。

「明日、事務室で名簿と照らし合わせてみる」

丸山はそう言って帰った。

そのとき、ふと思い出した。前に母親が事務室の人と話していたことがある。

「この学校、昔から人数が一人合わないことがあるんですよ」

そんな声だけ、妙にはっきり覚えていた。あのときは、ただの事務ミスだと思っていた。

次の日、丸山は学校に来なかった。

風邪だろうと、最初はみんな思っていた。けれど三日経っても、一週間経っても、丸山の席は空いたままだった。

先生に聞くと、「丸山くんはお休みです」とだけ言われた。それ以上は、何を聞いても教えてもらえなかった。

二週間目に入ったころ、俺は気づいた。

朝の出席で、先生はもう丸山の名前を呼んでいなかった。

放課後、俺は一人で教室の後ろへ行った。

三列目、右から四番目。

そこにいたのは、丸山だった。

見覚えのない女の子は、いなくなっていた。代わりに、俺の知っている丸山の顔が、俯き加減でそこにあった。

俺は数えた。

二十九、三十、三十一。

やっぱり、一人多かった。

体育館の裏で、用務員のおじさんを見つけた。脚立に登って、切れかけた電球を替えていた。

「丸山、どこ行ったんですか」

おじさんは電球から目を離さずに言った。

「聞かない方がいい」

「教えてください」

しばらくして、おじさんは脚立を降りた。道具箱を持ち上げる前に、一度だけ俺の顔を見た。

「数えたらな、向こうもこっちを数えるんだよ」

それだけ言うと、おじさんは行ってしまった。

俺はその日から、写真を見ないようにした。教室の後ろを通るときは、必ず反対側の壁を見るようにした。

六年生になって、俺は卒業アルバムの制作を手伝うことになった。

写真部の顧問から、歴代の集合写真をスキャンしてデータ化する仕事を任された。委員はくじで決まっていたから、断るわけにもいかなかった。

資料室の棚から古いアルバムを出し、一枚ずつスキャナーに置いていく。

一年生。二年生。三年生。

四年生の写真を置いたとき、俺は手を止めた。

三列目、右から四番目。

そこに写っていたのは、俺だった。

四年生の写真撮影の日、俺は学校にいなかった。体育の授業で足首を骨折して、病院のベッドにいた。母親が病室で撮った写真には、ギプスをした足と点滴の管が写っている。

なのに、集合写真の中の俺は、俯き加減で立っていた。

俺は震える指で数えた。

二十九、三十、三十一。

一人多かった。

五年生の写真にも、俺がいた。

三列目、右から四番目に。

そして六年生の写真を見たとき、俺はスキャナーの蓋を開けたまま動けなくなった。

俺は、二回写っていた。

一度は、名簿順に並んだ本来の場所に。

もう一度は、三列目、右から四番目に。

これまでは、いなくなった誰かがその場所に現れるだけだった。俺はまだ消えていない。毎日学校に来ている。授業も受けている。

それなのに、もうそこにいる。

俺は写真部の先生のところへ行った。

「これ、何人写ってますか」

先生は写真を覗き込んだ。少しだけ間があった。

「数えない方がいい」

先生は小さな声で言った。

「私も、もう数えないことにしてるの」

卒業式の日、俺は最後にもう一度、教室の後ろの写真を見に行った。

一年生の写真から順に、目で追っていく。

三列目、右から四番目に写っている顔は、学年が上がるごとに変わっていた。

田中、鈴木、丸山、俺。

知っている顔と、知らない顔が、順番にそこへ入っていた。

最後の一枚は、卒業式の朝に撮られたばかりの写真だった。

三列目、右から四番目。

そこには、まだ誰でもないものが写っていた。

制服を着た輪郭だけがあって、顔の部分だけが、うっすらとぼやけている。

校門を出るとき、用務員のおじさんとすれ違った。

おじさんは俺の顔を見た。何かを言いかけて、やめた。

俺も何も聞かなかった。

それから何年も経った。

大人になった今でも、たまに夢を見る。

体育館の壇上に立っている夢だ。カメラマンが「動かないでください」と言う。みんなが息を止める。シャッターが切れる直前、隣に誰かが立つ気配がする。

振り向いてはいけない気がして、俺はいつも前を向いたまま目を覚ます。

先月、実家に帰ったとき、押し入れから古いアルバムを見つけた。

小学校時代の集合写真だった。

もう数えるつもりはなかった。

けれど、開いてしまった以上、確かめずにはいられなかった。

三列目、右から四番目。

そこには、誰もいなかった。

空白があるわけでも、消しゴムで消したような跡があるわけでもない。最初から誰も立っていなかったみたいに、隣の子と隣の子の間が自然に詰まっていた。

俺はアルバムを閉じて、しばらく畳の上に座っていた。

安心していいはずなのに、指先だけが冷たかった。

窓の外で、近所の子どもたちの声がしていた。笑い声が遠のいて、家の中が急に静かになったように感じたとき、俺はもう一度アルバムを開いた。

自分の並び順の場所。

もともと俺がいたはずの場所。

そこにも、俺はいなかった。

代わりに、俯き加減の、見覚えのない顔があった。

けれど名簿順で言えば、そこは確かに俺の場所だった。




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