2001年3月6日、北海道室蘭市で、当時16歳の女子高生・千田麻未さんが行方不明になった。
最後に確認されている通話で、千田さんはこう話したとされる。
「今無理だから、後でかけ直す」
それだけなら、何でもない日常の一言である。誰かと一緒にいる時、店に入る直前、移動中、周囲に人がいる時。電話に出られない理由はいくらでもある。
だが、千田さんはその後、電話をかけ直すことはなかった。
その日は高校入試のため学校が休みだった。千田さんはアルバイト先のパン店へ向かっていたとされる。ショッピングセンターに立ち寄り、友人と会い、バスに乗り、目的地近くの停留所で降りたとみられている。北海道警は、千田さんが2001年3月6日午後1時31分発のバスに乗り、午後1時40分ごろ「東通り」バス停で降りたものとみて、現在も情報提供を呼びかけている。
足取りは、途中まで残っている。
だからこそ、最後の数分だけが奇妙に浮かび上がる。
千田麻未さんは、当時、北海道室蘭栄高校の1年生だった。身長は153センチほど、やせ型、黒髪のストレート。行方不明当日の服装は、紺色ジーンズ、ベージュ色ブレザー、バーバリー製チェック柄マフラー、緑色の革靴だったと北海道警は公表している。
2001年3月6日は高校入試の1日目で、学校は休みだった。
学校が休みの日に出かける。ショッピングセンターへ寄る。友人と会う。バスに乗る。アルバイト先へ向かう。
ひとつひとつの行動は、ごく普通に見える。
この事件の不気味さは、最初から異様な場所に足を踏み入れたことではない。途中までは、あまりにも日常の中にあったことだ。
だから、あとから時系列を追うと、妙な感覚が残る。
どこからが、いつもの一日ではなくなったのか。
午後1時30分ごろ、室蘭サティにいた
北海道警は、行方不明当日の午後1時30分ごろ、ショッピングセンター「室蘭サティ」、現在のイオン室蘭店の店内を歩いている千田さんの写真を公開している。
UHBによると、千田さんはイオン室蘭店、当時の室蘭サティ北側で友人に会ったあと、近くの「東町2丁目」バス停から午後1時31分発の「中央町・工大循環線」に乗ったとされる。午後1時40分ごろには、室蘭市知利別町1丁目の「東通」バス停で降りたとみられている。
ここまでは、かなりはっきりしている。
室蘭サティにいた。
友人に会った。
バス停へ向かった。
午後1時31分発のバスに乗った。
午後1時40分ごろ、東通りバス停で降りたとみられている。
未解決事件というと、最初から霧の中にあるようなものを想像しがちだが、この事件は違う。映像がある。時刻がある。移動経路がある。
見えている部分があるから、見えなくなる場所がはっきりする。

出典:北海道警察
目的地の近くまで来ていた
「東通り」バス停は、千田さんが向かっていたとされるパン店本店の近くにあった。
HBCによると、千田さんは当時、室蘭市白鳥台の自宅近くのパン店でアルバイトをしており、行方不明当日は室蘭市知利別町にあるパン店の本店へ向かったとみられている。店のそばにあるバス停で降りたことも分かっているという。
ここが大きい。
千田さんは、どこか見知らぬ場所へ向かっていたわけではない。目的地ははっきりしていた。しかも、その近くまで来ていた。
遠くへ消えたのではない。
近くまで来ていた。
そこから先が分からない。
家を出た直後でもない。移動の途中で完全に足取りが消えたわけでもない。あと少しで着くはずの場所まで来ていたとみられる。
そこで何が変わったのか。
「下に着いたよ」
バスを降りたあと、千田さんは当時交際していた男子生徒と電話で話している。
HBCによれば、警察は千田さんが持っていたPHSの電波を追跡し、バス停のそばで交際相手に「今、下に着いたよ」と電話で話していたことを確認したという。
「下に着いたよ」。
短い言葉だが、この一言で、千田さんが目的地周辺に着いたことを相手に伝えていたことが分かる。
ここでも、まだ日常は続いている。
バスを降りる。
電話をする。
着いたことを伝える。
それだけなら、何も不自然ではない。
問題は、その約4分後である。
「今無理だから、後でかけ直す」
1回目の電話から約4分後、交際相手から再び電話があった。
HBCによれば、千田さんはその電話で「今ちょっと無理だから後でかけ直す」と話した。その時のPHSは、1回目の電話から1キロ弱離れた場所で検知されていたという。
この言葉自体は、特別なものではない。
誰かと一緒にいる時。店に入る直前。移動中。周囲に人がいて話しにくい時。急いでいる時。
「今無理だから、後でかけ直す」という返事は、日常でいくらでもあり得る。
もし、そのあと千田さんが普通にアルバイト先へ着いていれば、この言葉は誰の記憶にも残らなかったはずだ。
だが、そうはならなかった。
「後でかけ直す」と言ったあと、千田さんは行方不明になった。
言葉は普通なのに、その後が普通ではない。
だから、この一言が残る。
4分で1キロ弱という距離
この事件で何度も語られるのが、“空白の4分間”である。
HBCは、1回目の電話から4分後の2回目の電話の時点で、千田さんのPHSが1キロ弱離れた場所で検知されていたと報じている。
4分で1キロ弱。
徒歩ではかなり難しい距離である。HBCによれば、当時の捜査幹部は、車で移動した可能性を指摘している。
ただし、ここは慎重に見る必要がある。
2001年当時のPHSの位置情報は、現在のスマホGPSのようにピンポイントで現在地を示すものではない。基地局や電波状況による誤差も考えなければならない。
それでも、警察がこの短時間の移動を重く見たことは確かだ。
バス停のそばで「下に着いたよ」と電話をした。
約4分後、「今無理だから、後でかけ直す」と話した。
その時、PHSは1キロ弱離れた場所で検知されていた。
この並びが、事件をただの行方不明では終わらせない。
誰かの車に乗ったのか。
自分から乗ったのか。
乗らざるを得ない状況があったのか。
それとも、位置情報の誤差が大きかったのか。
答えは出ていない。
ただ、4分という短さだけが残る。
パン店周辺に向いた目
この事件で、パン店周辺に目が向くのは自然である。
千田さんはその日、アルバイト先へ向かっていた。普段は自宅近くの支店で働いていたが、この日は本店へ行く用事があったと報じられている。HBCは、千田さんが当時、自宅近くのパン店の支店でアルバイトしており、その日は本店に行く用事があったことも分かっていると伝えている。
目的地は、はっきりしていた。
そして、降りたとみられる「東通り」バス停は、その本店の近くだった。バス停付近で「下に着いたよ」と電話し、その約4分後には「今無理だから、後でかけ直す」と話している。
ここまで並べると、事件後にパン店関係者へ疑いが向いた理由は分かる。
目的地はパン店だった。
バス停もその近くだった。
PHSも最初は周辺で検知された。
数分後、徒歩では難しい距離へ移動した可能性がある。
最後の電話では、何かを遮るように「今無理」と話している。
これだけの材料があれば、「その時、誰かと一緒にいたのではないか」と考える人が出るのは無理もない。
警察も、事件性が高いと見て動いていた。
HBCによれば、警察は千田さんが立ち寄ったとみられる複数の関係先に家宅捜索を実施した。尿反応や血液反応なども調べたが、何も出なかったと元捜査幹部は振り返っている。最悪の事態も想定し、海中捜索も行われたという。
ここで重要なのは、二つのことを同時に見ることである。
疑いが向く理由はある。
警察も調べている。
だが、決め手になる証拠は出ていない。
「怪しい」と感じる材料と、「犯人だ」と言える証拠の間には、大きな距離がある。
この距離が、事件を今も閉じさせない。
## 家出と見るには引っかかる点
行方不明事件では、家出の可能性も考えられる。
だが、この事件では、家出と見るには引っかかる点が多い。
HBCによれば、千田さんが家出をした可能性は極めて低いとされている。書き置きはなく、アルバイトで貯めていたお金は家にそのまま残されていた。外出時は軽装で、失踪当日の午前中には美容室にキャンペーンについて電話をかけており、近く髪を切りに行く予定があったとみられている。
人の内面は外から分からない。
突然、予定を捨てて姿を消す人もいる。
それでも、この日の千田さんには、生活の続きがあった。
アルバイト先へ向かう予定。
美容室へ行く予定。
家に残されたお金。
書き置きのない部屋。
どれも単独では決定的な証拠ではない。
だが、並べて見ると、「自分の意思で遠くへ消えた」と簡単には言い切れない。
事件性が高いと見られた背景には、こうした生活の痕跡もあった。
25年、埋まらなかった数分間
千田さんが行方不明になってから、2026年3月で25年となった。
UHBによれば、北海道警はこれまでに延べ4万8139人の捜査員を投入して捜索してきたが、発見には至っていない。市民からの情報提供も現在まで続いており、「似ている人を見た」「犯人を知っている」「行方を知っている」といった情報も寄せられているという。
また、UHBは2026年3月6日の報道で、これまで333件の情報が寄せられ、警察が延べ4万8000人の捜査員を投入したが、有力な手がかりは得られていないと伝えている。
25年という時間は長い。
当時16歳だった千田さんは、2026年時点で41歳になる年齢だ。UHBも、2026年で行方不明から25年が経過し、千田さんは現在41歳になると報じている。
しかし、この事件で重く残っているのは、25年という長さだけではない。
最初の電話から、次の電話までの4分間である。
25年調べても、4分が埋まらない。
午後1時30分ごろ、室蘭サティ。
午後1時31分、東町2丁目バス停。
午後1時40分ごろ、東通りバス停。
その後、「下に着いたよ」。
約4分後、「今無理だから、後でかけ直す」。
短い時間の中に、分かっていることと分からないことが詰まっている。
2001年という時代
この事件には、2001年という時代も影を落としている。
今なら、スマホの位置情報、街中の防犯カメラ、車のドライブレコーダー、交通系IC、メッセージ履歴など、足取りを追う手段は当時よりはるかに多い。
逆に、もっと昔なら、ここまで細かい「4分間」は問題にならなかったかもしれない。
2001年は、その中間にあった。
PHSはある。防犯カメラもある。バスの記録もある。だが、人の移動を完全に追えるほどではない。
HBCの記事でも、元捜査幹部は「今だったらドラレコあるし、スマホの位置情報あるし、防犯カメラあちこちついてるんですけどね」と、当時の捜査の限界に悔しさをにじませている。
見えている。
でも、見えない。
この中途半端な記録の残り方が、事件をより不気味にしている。
もし何も記録がなければ、「分からない」で終わっていたかもしれない。だが、途中までは見えている。だから、その先だけがぽっかり残る。
室蘭女子高生行方不明事件は、スマホ以前の時代に起きた事件でありながら、完全なアナログ時代の事件でもない。
だからこそ、“空白の4分間”という言葉が残った。
当日の動線をもう一度見る
最後に、当日の動きをもう一度整理する。
午前中、千田さんは美容室へ電話をしたとされる。
昼すぎ、自宅を出る。
午後1時30分ごろ、室蘭サティ店内にいる姿が確認される。
その後、室蘭サティ北側で友人に会う。
午後1時31分、「東町2丁目」バス停からバスに乗る。
午後1時40分ごろ、「東通り」バス停で降りたとみられる。
バス停付近で交際相手と電話し、「下に着いたよ」と話す。
約4分後、再び電話に出て、「今無理だから、後でかけ直す」と話す。
その後、消息が分からなくなる。
この流れを見ると、事件の異様さがはっきりする。
彼女は、目的地から遠ざかっていたわけではない。目的地に近づいていた。
足取りが見えないのは、遠い場所ではなく、目的地の近くに来てからである。
その4分間に何が入るのか
この事件について考えるとき、いくつかの可能性が浮かぶ。
知っている誰かに声をかけられた。車に乗った。予定外の場所へ向かった。誰かと一緒にいた。PHSの位置情報に大きな誤差があった。最後の電話の時点で、すでに普段とは違う状況にいた。
どれも、可能性でしかない。
だが、場面は残っている。
バス停からパン店までの道。
昼下がりの市街地。
電話を切ったあと、次の電話が鳴るまでの短い時間。
その間に、誰が近づいたのか。
どこへ向かったのか。
なぜ、後でかけ直すことができなかったのか。
答えがないまま、場面だけが残っている。
この事件が長く語られてきた理由は、単に謎が多いからではない。
謎の形が、日常に近すぎる。
バスに乗る。目的地の近くで降りる。電話に出る。「今無理」と言う。
どれも、自分の生活の中にある行動だ。
その中のどこか一か所で、取り返しのつかないことが起きた可能性がある。
そこが、怖い。
人は、分からないまま残るものを見ると、そこに誰かの顔や動機を置きたくなる。
だが、空白に名前を入れても、それが真相になるわけではない。
閉じないままの電話
「後でかけ直す」
その言葉は、本来なら未来が続くことを前提にしている。
あとで話せる。
あとで説明できる。
あとでいつもの一日に戻れる。
だが、その「あとで」は来なかった。
千田麻未さんは、目的地の近くまで来ていた。電話にも出ていた。声も残っていた。それでも、その先の足取りは分からなくなった。
PHSの記録をどう見るべきなのか。
店の近くで何があったのか。
誰かの車に乗ったのか。
それとも、最初に見えている前提のどこかが違っているのか。
25年が経っても、答えは出ていない。
分かっているのは、途中までの道のり。
分かっていないのは、その数分間に何が入るのか。
「今無理だから、後でかけ直す」
その電話は、今も切れたままになっている。

最後に確認されている通話で、千田さんはこう話したとされる。
「今無理だから、後でかけ直す」
それだけなら、何でもない日常の一言である。誰かと一緒にいる時、店に入る直前、移動中、周囲に人がいる時。電話に出られない理由はいくらでもある。
だが、千田さんはその後、電話をかけ直すことはなかった。
その日は高校入試のため学校が休みだった。千田さんはアルバイト先のパン店へ向かっていたとされる。ショッピングセンターに立ち寄り、友人と会い、バスに乗り、目的地近くの停留所で降りたとみられている。北海道警は、千田さんが2001年3月6日午後1時31分発のバスに乗り、午後1時40分ごろ「東通り」バス停で降りたものとみて、現在も情報提供を呼びかけている。
足取りは、途中まで残っている。
だからこそ、最後の数分だけが奇妙に浮かび上がる。
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学校が休みだった日の外出
千田麻未さんは、当時、北海道室蘭栄高校の1年生だった。身長は153センチほど、やせ型、黒髪のストレート。行方不明当日の服装は、紺色ジーンズ、ベージュ色ブレザー、バーバリー製チェック柄マフラー、緑色の革靴だったと北海道警は公表している。
2001年3月6日は高校入試の1日目で、学校は休みだった。
学校が休みの日に出かける。ショッピングセンターへ寄る。友人と会う。バスに乗る。アルバイト先へ向かう。
ひとつひとつの行動は、ごく普通に見える。
この事件の不気味さは、最初から異様な場所に足を踏み入れたことではない。途中までは、あまりにも日常の中にあったことだ。
だから、あとから時系列を追うと、妙な感覚が残る。
どこからが、いつもの一日ではなくなったのか。
午後1時30分ごろ、室蘭サティにいた
北海道警は、行方不明当日の午後1時30分ごろ、ショッピングセンター「室蘭サティ」、現在のイオン室蘭店の店内を歩いている千田さんの写真を公開している。
UHBによると、千田さんはイオン室蘭店、当時の室蘭サティ北側で友人に会ったあと、近くの「東町2丁目」バス停から午後1時31分発の「中央町・工大循環線」に乗ったとされる。午後1時40分ごろには、室蘭市知利別町1丁目の「東通」バス停で降りたとみられている。
ここまでは、かなりはっきりしている。
室蘭サティにいた。
友人に会った。
バス停へ向かった。
午後1時31分発のバスに乗った。
午後1時40分ごろ、東通りバス停で降りたとみられている。
未解決事件というと、最初から霧の中にあるようなものを想像しがちだが、この事件は違う。映像がある。時刻がある。移動経路がある。
見えている部分があるから、見えなくなる場所がはっきりする。

出典:北海道警察
目的地の近くまで来ていた
「東通り」バス停は、千田さんが向かっていたとされるパン店本店の近くにあった。
HBCによると、千田さんは当時、室蘭市白鳥台の自宅近くのパン店でアルバイトをしており、行方不明当日は室蘭市知利別町にあるパン店の本店へ向かったとみられている。店のそばにあるバス停で降りたことも分かっているという。
ここが大きい。
千田さんは、どこか見知らぬ場所へ向かっていたわけではない。目的地ははっきりしていた。しかも、その近くまで来ていた。
遠くへ消えたのではない。
近くまで来ていた。
そこから先が分からない。
家を出た直後でもない。移動の途中で完全に足取りが消えたわけでもない。あと少しで着くはずの場所まで来ていたとみられる。
そこで何が変わったのか。
「下に着いたよ」
バスを降りたあと、千田さんは当時交際していた男子生徒と電話で話している。
HBCによれば、警察は千田さんが持っていたPHSの電波を追跡し、バス停のそばで交際相手に「今、下に着いたよ」と電話で話していたことを確認したという。
「下に着いたよ」。
短い言葉だが、この一言で、千田さんが目的地周辺に着いたことを相手に伝えていたことが分かる。
ここでも、まだ日常は続いている。
バスを降りる。
電話をする。
着いたことを伝える。
それだけなら、何も不自然ではない。
問題は、その約4分後である。
1回目の電話から約4分後、交際相手から再び電話があった。
HBCによれば、千田さんはその電話で「今ちょっと無理だから後でかけ直す」と話した。その時のPHSは、1回目の電話から1キロ弱離れた場所で検知されていたという。
この言葉自体は、特別なものではない。
誰かと一緒にいる時。店に入る直前。移動中。周囲に人がいて話しにくい時。急いでいる時。
「今無理だから、後でかけ直す」という返事は、日常でいくらでもあり得る。
もし、そのあと千田さんが普通にアルバイト先へ着いていれば、この言葉は誰の記憶にも残らなかったはずだ。
だが、そうはならなかった。
「後でかけ直す」と言ったあと、千田さんは行方不明になった。
言葉は普通なのに、その後が普通ではない。
だから、この一言が残る。
4分で1キロ弱という距離
この事件で何度も語られるのが、“空白の4分間”である。
HBCは、1回目の電話から4分後の2回目の電話の時点で、千田さんのPHSが1キロ弱離れた場所で検知されていたと報じている。
4分で1キロ弱。
徒歩ではかなり難しい距離である。HBCによれば、当時の捜査幹部は、車で移動した可能性を指摘している。
ただし、ここは慎重に見る必要がある。
2001年当時のPHSの位置情報は、現在のスマホGPSのようにピンポイントで現在地を示すものではない。基地局や電波状況による誤差も考えなければならない。
それでも、警察がこの短時間の移動を重く見たことは確かだ。
バス停のそばで「下に着いたよ」と電話をした。
約4分後、「今無理だから、後でかけ直す」と話した。
その時、PHSは1キロ弱離れた場所で検知されていた。
この並びが、事件をただの行方不明では終わらせない。
誰かの車に乗ったのか。
自分から乗ったのか。
乗らざるを得ない状況があったのか。
それとも、位置情報の誤差が大きかったのか。
答えは出ていない。
ただ、4分という短さだけが残る。
信号を一つ待つ。レジを済ませる。電話を切って少し歩く。それくらいの時間で、足取りが大きく変わったように見える。
この事件で、パン店周辺に目が向くのは自然である。
千田さんはその日、アルバイト先へ向かっていた。普段は自宅近くの支店で働いていたが、この日は本店へ行く用事があったと報じられている。HBCは、千田さんが当時、自宅近くのパン店の支店でアルバイトしており、その日は本店に行く用事があったことも分かっていると伝えている。
目的地は、はっきりしていた。
そして、降りたとみられる「東通り」バス停は、その本店の近くだった。バス停付近で「下に着いたよ」と電話し、その約4分後には「今無理だから、後でかけ直す」と話している。
ここまで並べると、事件後にパン店関係者へ疑いが向いた理由は分かる。
目的地はパン店だった。
バス停もその近くだった。
PHSも最初は周辺で検知された。
数分後、徒歩では難しい距離へ移動した可能性がある。
最後の電話では、何かを遮るように「今無理」と話している。
これだけの材料があれば、「その時、誰かと一緒にいたのではないか」と考える人が出るのは無理もない。
警察も、事件性が高いと見て動いていた。
HBCによれば、警察は千田さんが立ち寄ったとみられる複数の関係先に家宅捜索を実施した。尿反応や血液反応なども調べたが、何も出なかったと元捜査幹部は振り返っている。最悪の事態も想定し、海中捜索も行われたという。
ここで重要なのは、二つのことを同時に見ることである。
疑いが向く理由はある。
警察も調べている。
だが、決め手になる証拠は出ていない。
「怪しい」と感じる材料と、「犯人だ」と言える証拠の間には、大きな距離がある。
この距離が、事件を今も閉じさせない。
## 家出と見るには引っかかる点
行方不明事件では、家出の可能性も考えられる。
だが、この事件では、家出と見るには引っかかる点が多い。
HBCによれば、千田さんが家出をした可能性は極めて低いとされている。書き置きはなく、アルバイトで貯めていたお金は家にそのまま残されていた。外出時は軽装で、失踪当日の午前中には美容室にキャンペーンについて電話をかけており、近く髪を切りに行く予定があったとみられている。
人の内面は外から分からない。
突然、予定を捨てて姿を消す人もいる。
それでも、この日の千田さんには、生活の続きがあった。
アルバイト先へ向かう予定。
美容室へ行く予定。
家に残されたお金。
書き置きのない部屋。
どれも単独では決定的な証拠ではない。
だが、並べて見ると、「自分の意思で遠くへ消えた」と簡単には言い切れない。
事件性が高いと見られた背景には、こうした生活の痕跡もあった。
25年、埋まらなかった数分間
千田さんが行方不明になってから、2026年3月で25年となった。
UHBによれば、北海道警はこれまでに延べ4万8139人の捜査員を投入して捜索してきたが、発見には至っていない。市民からの情報提供も現在まで続いており、「似ている人を見た」「犯人を知っている」「行方を知っている」といった情報も寄せられているという。
また、UHBは2026年3月6日の報道で、これまで333件の情報が寄せられ、警察が延べ4万8000人の捜査員を投入したが、有力な手がかりは得られていないと伝えている。
25年という時間は長い。
当時16歳だった千田さんは、2026年時点で41歳になる年齢だ。UHBも、2026年で行方不明から25年が経過し、千田さんは現在41歳になると報じている。
しかし、この事件で重く残っているのは、25年という長さだけではない。
最初の電話から、次の電話までの4分間である。
25年調べても、4分が埋まらない。
午後1時30分ごろ、室蘭サティ。
午後1時31分、東町2丁目バス停。
午後1時40分ごろ、東通りバス停。
その後、「下に着いたよ」。
約4分後、「今無理だから、後でかけ直す」。
短い時間の中に、分かっていることと分からないことが詰まっている。
2001年という時代
この事件には、2001年という時代も影を落としている。
今なら、スマホの位置情報、街中の防犯カメラ、車のドライブレコーダー、交通系IC、メッセージ履歴など、足取りを追う手段は当時よりはるかに多い。
逆に、もっと昔なら、ここまで細かい「4分間」は問題にならなかったかもしれない。
2001年は、その中間にあった。
PHSはある。防犯カメラもある。バスの記録もある。だが、人の移動を完全に追えるほどではない。
HBCの記事でも、元捜査幹部は「今だったらドラレコあるし、スマホの位置情報あるし、防犯カメラあちこちついてるんですけどね」と、当時の捜査の限界に悔しさをにじませている。
見えている。
でも、見えない。
この中途半端な記録の残り方が、事件をより不気味にしている。
もし何も記録がなければ、「分からない」で終わっていたかもしれない。だが、途中までは見えている。だから、その先だけがぽっかり残る。
室蘭女子高生行方不明事件は、スマホ以前の時代に起きた事件でありながら、完全なアナログ時代の事件でもない。
だからこそ、“空白の4分間”という言葉が残った。
当日の動線をもう一度見る
最後に、当日の動きをもう一度整理する。
午前中、千田さんは美容室へ電話をしたとされる。
昼すぎ、自宅を出る。
午後1時30分ごろ、室蘭サティ店内にいる姿が確認される。
その後、室蘭サティ北側で友人に会う。
午後1時31分、「東町2丁目」バス停からバスに乗る。
午後1時40分ごろ、「東通り」バス停で降りたとみられる。
バス停付近で交際相手と電話し、「下に着いたよ」と話す。
約4分後、再び電話に出て、「今無理だから、後でかけ直す」と話す。
その後、消息が分からなくなる。
この流れを見ると、事件の異様さがはっきりする。
彼女は、目的地から遠ざかっていたわけではない。目的地に近づいていた。
足取りが見えないのは、遠い場所ではなく、目的地の近くに来てからである。
その4分間に何が入るのか
この事件について考えるとき、いくつかの可能性が浮かぶ。
知っている誰かに声をかけられた。車に乗った。予定外の場所へ向かった。誰かと一緒にいた。PHSの位置情報に大きな誤差があった。最後の電話の時点で、すでに普段とは違う状況にいた。
どれも、可能性でしかない。
だが、場面は残っている。
バス停からパン店までの道。
昼下がりの市街地。
電話を切ったあと、次の電話が鳴るまでの短い時間。
その間に、誰が近づいたのか。
どこへ向かったのか。
なぜ、後でかけ直すことができなかったのか。
答えがないまま、場面だけが残っている。
この事件が長く語られてきた理由は、単に謎が多いからではない。
謎の形が、日常に近すぎる。
バスに乗る。目的地の近くで降りる。電話に出る。「今無理」と言う。
どれも、自分の生活の中にある行動だ。
その中のどこか一か所で、取り返しのつかないことが起きた可能性がある。
そこが、怖い。
人は、分からないまま残るものを見ると、そこに誰かの顔や動機を置きたくなる。
だが、空白に名前を入れても、それが真相になるわけではない。
閉じないままの電話
「後でかけ直す」
その言葉は、本来なら未来が続くことを前提にしている。
あとで話せる。
あとで説明できる。
あとでいつもの一日に戻れる。
だが、その「あとで」は来なかった。
千田麻未さんは、目的地の近くまで来ていた。電話にも出ていた。声も残っていた。それでも、その先の足取りは分からなくなった。
PHSの記録をどう見るべきなのか。
店の近くで何があったのか。
誰かの車に乗ったのか。
それとも、最初に見えている前提のどこかが違っているのか。
25年が経っても、答えは出ていない。
分かっているのは、途中までの道のり。
分かっていないのは、その数分間に何が入るのか。
「今無理だから、後でかけ直す」
その電話は、今も切れたままになっている。
参考・出典
・北海道警察「室蘭市内から行方不明の女子高校生に関する情報提供のお願い」
・UHB北海道文化放送「行方不明から25年 バスを降りたあとどこへ?」
・UHB北海道文化放送「行方不明から25年 警察が街頭で情報提供呼びかけ」
・HBC/TBS NEWS DIG「“空白の4分間”に何が 室蘭女子高生行方不明から25年」
・HBC/TBS NEWS DIG「25年前に消えた室蘭の女子高生 元捜査幹部が初証言」
・YouTube「“空白の4分間”に何が 室蘭女子高生行方不明から25年」
・北海道警察「室蘭市内から行方不明の女子高校生に関する情報提供のお願い」
・UHB北海道文化放送「行方不明から25年 バスを降りたあとどこへ?」
・UHB北海道文化放送「行方不明から25年 警察が街頭で情報提供呼びかけ」
・HBC/TBS NEWS DIG「“空白の4分間”に何が 室蘭女子高生行方不明から25年」
・HBC/TBS NEWS DIG「25年前に消えた室蘭の女子高生 元捜査幹部が初証言」
・YouTube「“空白の4分間”に何が 室蘭女子高生行方不明から25年」
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