1993年1月、フランス東部の町プレヴサンで住宅火災が起きた。家の中には妻と二人の幼い子ども、そして意識を失った夫ジャン=クロード・ロマンがいた。助かったのはロマンだけだった。
ところが、妻と子どもは火事の前に殺されていた。さらに約80キロ離れた実家では、ロマンの両親も遺体で見つかった。捜査員が勤務先を確認するためWHOへ電話すると、事件はもう一つの異常な顔を見せる。「ジャン=クロード・ロマン」という職員は、どこにもいなかった。
彼は医師ではなかった。医学部も卒業していない。それでも家族や友人は、およそ18年間、彼を「ジュネーブのWHOで働く医師・研究者」だと信じていた。
この事件で最も不気味なのは、嘘の長さだけではない。正体が露見しかけたとき、ロマンが逃げるのでも告白するのでもなく、自分を信じていた家族を殺したことだ。しかも、金銭問題や経歴詐称を告発できた妻や両親だけでなく、幼い子どもまで手にかけている。
この時点なら、まだ「試験を受けなかった」と言えた。失望され、恥をかき、進路も変わっただろう。それでも彼は、失敗した学生に戻る代わりに、進級した学生を演じ続けた。
一つの嘘を維持するには、次の嘘が要る。卒業、医師資格、勤務先、給料、出張。ロマンは毎朝家を出て、喫茶店やサービスエリアで時間をつぶした。WHOには来訪者として入り、無料の資料を持ち帰った。海外出張と称して空港近くのホテルに泊まり、旅行案内を読んで、帰宅後に話す現地の情報を仕入れた。
妻さえ職場の電話番号を知らず、家族が「同僚」と会う機会もなかった。嘘は発言だけでなく、日課、書類、人間関係の配置にまで組み込まれていた。事件の詳細は、作家エマニュエル・カレールの記録にまとめられている。
働いていない以上、給料は入らない。ロマンはWHO職員なら有利な運用ができると持ちかけ、親族や知人から預かった金を生活費などに回した。失敗を隠す嘘は、他人の財産を奪う詐欺へ変わっていった。
1992年末、多額の金を預けていた知人女性が返金を求めた。学校関係者もWHOの名簿に彼の名前がないことに気づき、その話を妻に伝えた。資金も肩書きも崩れようとしていた。その直後、家族5人は殺された。
行動研究には「自己概念維持」という考え方がある。人は不正による利益を求めながら、「自分は基本的に正直だ」という像も守ろうとする。「今だけだ」「大した被害はない」と説明できれば、自分を悪人だと認めずに不正を続けられる。実験研究では、こうした自己正当化の働きが示されている。
告白を一日延ばせば、その日は楽になる。だが翌日には、昨日までの嘘もまとめて認めなければならない。時間がたつほど告白の代償は大きくなり、先延ばしの誘惑も強くなる。
自分に利益のある嘘を繰り返すと、情動反応が弱まり、不正直さが拡大する傾向を示した実験もある。研究は『Nature Neuroscience』に掲載されている。短時間の実験から殺人を説明することはできないが、繰り返した嘘に最初と同じ抵抗を覚え続けるとは限らない。

人を操る嘘として、ガスライティングという言葉がある。事実を否定したり歪めたりして、相手に自分の記憶や判断を疑わせる心理的操作で、信頼や立場の差を利用した支配として研究されている。社会学者ペイジ・スウィートは、ガスライティングと権力関係を論じている。
ロマンが家族の記憶や正気を疑わせていた記録はなく、彼をガスライターとは断定できない。彼が行ったのは、職場と家庭の接点を断ち、WHOの資料や架空の出張で、疑う材料そのものを遠ざけることだった。方法は違っても、相手が確かめられる範囲を狭める点では共通している。

しかし観客が疑い始めれば、その視線は鏡に変わる。妻や両親の目に映るのは、医師ではなく、長年家族をだまして金を使った男である。さらに彼らは、金の流れを調べ、親族や警察に話せる証人でもあった。
再試験、結婚、子どもの誕生、親族から預かった金。引き返す機会を越えるたび、真実を話す代償は大きくなった。少なくとも結果から見れば、彼は偽りの役を終わらせる代わりに、その役を信じていた家族を消した。家族は秘密を知る証人であると同時に、存在しない「WHOの医師」を現実にしていた最後の人々だった。
人はどの時点までなら、自分で作った役を捨て、失敗した自分に戻れるのだろうか。
・Mazar, Amir & Ariely, “The Dishonesty of Honest People: A Theory of Self-Concept Maintenance”
・Garrett et al., “The brain adapts to dishonesty”, Nature Neuroscience
・Sweet, “The Sociology of Gaslighting”, American Sociological Review
・Wisconsin Court of Appeals, State v. Chandler M. Halderson
・“Fast lane fantasies of a model pupil who bludgeoned his parents to death”, The Guardian
・Karlsson et al., “Characteristics of Family Homicide Perpetrators: A Systematic Review”
ところが、妻と子どもは火事の前に殺されていた。さらに約80キロ離れた実家では、ロマンの両親も遺体で見つかった。捜査員が勤務先を確認するためWHOへ電話すると、事件はもう一つの異常な顔を見せる。「ジャン=クロード・ロマン」という職員は、どこにもいなかった。
彼は医師ではなかった。医学部も卒業していない。それでも家族や友人は、およそ18年間、彼を「ジュネーブのWHOで働く医師・研究者」だと信じていた。
この事件で最も不気味なのは、嘘の長さだけではない。正体が露見しかけたとき、ロマンが逃げるのでも告白するのでもなく、自分を信じていた家族を殺したことだ。しかも、金銭問題や経歴詐称を告発できた妻や両親だけでなく、幼い子どもまで手にかけている。
家族は、秘密を知る証人だったから消されたのか。それとも、偽りの自分を現実にしてくれる最後の観客だったから消されたのか。

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一度の試験から、18年分の舞台装置が生まれた
偽りの人生は、大がかりな詐欺計画から始まったわけではない。1975年、医学部2年だったロマンは再試験を受けなかった。だが周囲には、合格して3年生になったと話した。この時点なら、まだ「試験を受けなかった」と言えた。失望され、恥をかき、進路も変わっただろう。それでも彼は、失敗した学生に戻る代わりに、進級した学生を演じ続けた。
一つの嘘を維持するには、次の嘘が要る。卒業、医師資格、勤務先、給料、出張。ロマンは毎朝家を出て、喫茶店やサービスエリアで時間をつぶした。WHOには来訪者として入り、無料の資料を持ち帰った。海外出張と称して空港近くのホテルに泊まり、旅行案内を読んで、帰宅後に話す現地の情報を仕入れた。
妻さえ職場の電話番号を知らず、家族が「同僚」と会う機会もなかった。嘘は発言だけでなく、日課、書類、人間関係の配置にまで組み込まれていた。事件の詳細は、作家エマニュエル・カレールの記録にまとめられている。
働いていない以上、給料は入らない。ロマンはWHO職員なら有利な運用ができると持ちかけ、親族や知人から預かった金を生活費などに回した。失敗を隠す嘘は、他人の財産を奪う詐欺へ変わっていった。
1992年末、多額の金を預けていた知人女性が返金を求めた。学校関係者もWHOの名簿に彼の名前がないことに気づき、その話を妻に伝えた。資金も肩書きも崩れようとしていた。その直後、家族5人は殺された。
人は「悪人にならずに」嘘をつく
人は金や地位のためだけに嘘をつくのではない。処罰を避けたい、相手を失望させたくない、自分を惨めだと思いたくない。ロマンの最初の嘘も、失敗を認める苦痛から逃れる働きをしていたと考えると理解しやすい。ただし、本人の内面を確定できる証拠はない。行動研究には「自己概念維持」という考え方がある。人は不正による利益を求めながら、「自分は基本的に正直だ」という像も守ろうとする。「今だけだ」「大した被害はない」と説明できれば、自分を悪人だと認めずに不正を続けられる。実験研究では、こうした自己正当化の働きが示されている。
告白を一日延ばせば、その日は楽になる。だが翌日には、昨日までの嘘もまとめて認めなければならない。時間がたつほど告白の代償は大きくなり、先延ばしの誘惑も強くなる。
自分に利益のある嘘を繰り返すと、情動反応が弱まり、不正直さが拡大する傾向を示した実験もある。研究は『Nature Neuroscience』に掲載されている。短時間の実験から殺人を説明することはできないが、繰り返した嘘に最初と同じ抵抗を覚え続けるとは限らない。

嘘は、自分を隠す道具から他人を動かす道具へ変わった
家族は彼を医師として尊敬し、親族はWHO職員という肩書きを信用して金を預けた。妻は夫に収入があることを前提に暮らしを組み立てた。ロマンは一つの事実を隠したのではなく、周囲が判断を下すための前提を作り替えていた。ここで嘘は、自己防衛から支配へ性質を変える。人を操る嘘として、ガスライティングという言葉がある。事実を否定したり歪めたりして、相手に自分の記憶や判断を疑わせる心理的操作で、信頼や立場の差を利用した支配として研究されている。社会学者ペイジ・スウィートは、ガスライティングと権力関係を論じている。
ロマンが家族の記憶や正気を疑わせていた記録はなく、彼をガスライターとは断定できない。彼が行ったのは、職場と家庭の接点を断ち、WHOの資料や架空の出張で、疑う材料そのものを遠ざけることだった。方法は違っても、相手が確かめられる範囲を狭める点では共通している。

家族は「観客」であり、「鏡」であり、「証人」だった
家族が彼を医師として扱うたび、「WHOで働くロマン」は家庭の中で現実になった。尊敬される夫、優秀な息子、立派な父親という役は、信じて反応を返す相手がいなければ成立しない。その意味で家族は、18年間続いた劇の観客だった。しかし観客が疑い始めれば、その視線は鏡に変わる。妻や両親の目に映るのは、医師ではなく、長年家族をだまして金を使った男である。さらに彼らは、金の流れを調べ、親族や警察に話せる証人でもあった。
口封じという説明は、ここまでは成り立つ。しかし子どもたちはWHOの名簿を調べず、資産運用の不正を告発する立場にもなかった。証拠隠滅だけが目的なら、子どもまで殺す必要はない。
ここから先は解釈になる。家族全体を自分の人生の一部と見なし、一家を消して自分も死ぬ筋書きを選んだという見方はできる。だが本人の内面は確定できない。彼が秘密を暴ける者だけでなく、偽りの人生を一緒に生きていた家族全体を殺したことだけが事実である。

ロマンの事件は「嘘がバレるのが恥ずかしくて殺した」では足りない。18年間で、職業、収入、家族からの尊敬、本人の自己像が一つの嘘に結びつき、真実を認めることが人生全体の崩壊になっていた。
2004年のイギリスでは、プロテニス選手を装っていた19歳のブライアン・ブラックウェルが両親を殺害した。母親は、息子が信託基金から金を引き出し、銀行に虚偽申告したことを知っていた。責任能力の減退が認められ、故殺罪で終身刑を受けている。当時の公判内容は英紙が報じている。
三つの事件には、「理想化された経歴」「それを信じる家族」「露見が迫った時期の殺害」が重なる。ただし、同じ心理だったとまでは言えない。
嘘の露見が殺人へ変わるには、失敗を受け止めにくい自己像、責任転嫁、共感や行動抑制の弱さ、暴力を解決手段にする条件などが重なる。嘘は重要な背景だが、それだけで殺人を説明することはできない。
ここから先は解釈になる。家族全体を自分の人生の一部と見なし、一家を消して自分も死ぬ筋書きを選んだという見方はできる。だが本人の内面は確定できない。彼が秘密を暴ける者だけでなく、偽りの人生を一緒に生きていた家族全体を殺したことだけが事実である。

恥がそのまま殺意になるわけではない
心理学では、罪悪感を「悪いことをした」という行為への評価、羞恥を「こんな自分には価値がない」という自己全体への評価として区別することがある。多くの人は恥をかいても暴力には向かわないが、責任を他人へ押しつける反応を伴うと、怒りや攻撃性に結びつきやすいとされる。羞恥、責任転嫁、攻撃性の関係を扱った研究。ロマンの事件は「嘘がバレるのが恥ずかしくて殺した」では足りない。18年間で、職業、収入、家族からの尊敬、本人の自己像が一つの嘘に結びつき、真実を認めることが人生全体の崩壊になっていた。
露見直前に両親を殺した二つの事件
2021年、アメリカ・ウィスコンシン州でチャンドラー・ハルダーソンが両親を殺害した事件でも、学歴、就職、健康状態についての嘘が背景にあった。検察側は、両親が嘘を突き止める直前だったことを動機として主張し、仮釈放のない終身刑が言い渡された。州控訴裁判所の決定にも、嘘と動機の関係が記載されている。2004年のイギリスでは、プロテニス選手を装っていた19歳のブライアン・ブラックウェルが両親を殺害した。母親は、息子が信託基金から金を引き出し、銀行に虚偽申告したことを知っていた。責任能力の減退が認められ、故殺罪で終身刑を受けている。当時の公判内容は英紙が報じている。
三つの事件には、「理想化された経歴」「それを信じる家族」「露見が迫った時期の殺害」が重なる。ただし、同じ心理だったとまでは言えない。
それでも、嘘から殺人へ一本道があるわけではない
経歴を偽る人の大半は、誰も殺さない。家族殺害の研究では、夫婦関係の悪化、精神的な問題、金銭難などが確認されるが、どれも社会に広く存在し、個人の犯行を予測できる指標ではない。18か国、67研究を検討した系統的レビューも、共通する背景と予測の限界を示している。嘘の露見が殺人へ変わるには、失敗を受け止めにくい自己像、責任転嫁、共感や行動抑制の弱さ、暴力を解決手段にする条件などが重なる。嘘は重要な背景だが、それだけで殺人を説明することはできない。
嘘が怖いのは、他人の中にも「自分」を作れるからだ
この事件に引きつけられるのは、人が職業や評判、家族からの評価を通じて「自分はこういう人間だ」と確かめているからでもある。日常的な見栄と長年の詐欺や殺人は同一ではない。それでも、他人の視線によって役割が現実になる仕組みは私たちの生活にもある。普通はずれが大きくなれば役を修正するが、ロマンは舞台の方を広げ続けた。再試験、結婚、子どもの誕生、親族から預かった金。引き返す機会を越えるたび、真実を話す代償は大きくなった。少なくとも結果から見れば、彼は偽りの役を終わらせる代わりに、その役を信じていた家族を消した。家族は秘密を知る証人であると同時に、存在しない「WHOの医師」を現実にしていた最後の人々だった。
人はどの時点までなら、自分で作った役を捨て、失敗した自分に戻れるのだろうか。
参考資料
・Emmanuel Carrère, “Deadly fantasist”, The Guardian・Mazar, Amir & Ariely, “The Dishonesty of Honest People: A Theory of Self-Concept Maintenance”
・Garrett et al., “The brain adapts to dishonesty”, Nature Neuroscience
・Sweet, “The Sociology of Gaslighting”, American Sociological Review
・Wisconsin Court of Appeals, State v. Chandler M. Halderson
・“Fast lane fantasies of a model pupil who bludgeoned his parents to death”, The Guardian
・Karlsson et al., “Characteristics of Family Homicide Perpetrators: A Systematic Review”
哲学ニュースnwk















