2025年末、日本の山間部に暮らす73歳の男性に、電力会社を名乗る人物から電話がかかってきた。個人情報を答えなければ電気を止めるという。男性は不安になり、電話番号や銀行口座の残高を話してしまったが、途中で不審に思い、金は送らなかった。
翌年2月、男性の電話番号と銀行残高が、タイ国境に近いカンボジア北西部の施設跡から見つかった。ロイターが男性に連絡して確認したところ、資料の内容は電話で相手に話した情報と一致した。
施設内には、家庭内暴力の被害を打ち明けたアメリカ人女性の記録、恋愛詐欺や警察官になりすますための台本、暗号資産ウォレットの情報も残されていた。さらに、外国の警察署や銀行を再現した部屋と、大量の二段ベッドが見つかった。
日本人を狙った詐欺の資料と、働く人間を閉じ込める設備が、同じ施設内にあった。
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日本人の情報が、国境の「偽警察署」と同じ施設にあった
警察庁によると、2025年に確認された特殊詐欺は2万7832件、被害額は約1423億円。前年からほぼ倍増した。なかでも警察官などを名乗る「ニセ警察詐欺」は1万1014件、被害額は約1005億円に達している。警察庁の確定値
「あなたの口座が犯罪に使われている」「無実を証明するために金を移してほしい」。ビデオ通話へ誘導し、制服や逮捕状らしき書類を見せる手口もある。
一方、カンボジア北西部、タイ国境沿いの町オスマックでは、警察官を装うための舞台が建物の中に造られていた。
ロイヤルヒルと呼ばれるカジノ施設に隣接した建物は、高い柵と有刺鉄線で囲まれ、内部には防音材を張った通話ブースと寮があった。6階には、シンガポールやオーストラリアの警察署、ベトナムの銀行を再現した部屋が用意されていた。
壁には警察の紋章が掲げられ、制服も置かれていた。銀行を模した部屋にはロゴ入りの受付カウンターと、順番を待つための椅子まで並んでいた。台本、衣装、撮影セットまで、詐欺に必要なものが建物内でそろっていた。
施設は2025年12月のタイとカンボジアの国境衝突でタイ軍の攻撃を受け、放棄された。ロイターはタイ軍の案内で現場に入り、床や机に残された資料を調べた。ロイターの2026年2月調査
その中に、日本の73歳男性の記録があった。
出典:警察庁「ニセ警察詐欺に注意!」
「ウェブ管理者募集」の先で、詐欺を強要された
詐欺施設にいた全員が、自ら犯罪へ加わったわけではない。
タイ人女性のポーンペン・アイムフンは2022年、Facebookで「ウェブ管理者」の求人を見つけた。海外で働ける仕事だと思い応募したが、連れて行かれた先で命じられたのは、警察官になりすまして人を騙すことだった。
働かされていた人々は、警棒を持った警備員に監視され、詐欺の目標を達成できなければ罰を受けたという。ポーンペンは後に脱出し、ロイターは同じ施設にいた人物とタイ警察の情報から証言を裏付けた。
こうした施設への入口の一つが、ウェブ管理、カスタマーサポート、翻訳、オンラインゲーム会社の事務など、犯罪とは無関係に見える求人だ。現地へ移動してからパスポートを取り上げられ、渡航費を借金として請求される。帰国を求めても認められず、仕事を拒めば暴力や罰を受ける。
アムネスティ・インターナショナルは2025年、カンボジア国内で人身売買、監禁、強制労働、児童労働、拷問などが行われた、または行われていた詐欺施設を少なくとも53カ所特定した。アムネスティの2025年報告
仕事を探していた人間が騙され、今度は別の人間を騙すよう強要される。被害者を詐欺師に変えることまでが、この犯罪に組み込まれていた。

カンボジア国内で確認された詐欺施設の分布
出典:Amnesty International「Cambodia: Government allows slavery and torture to flourish inside hellish scamming compounds」
被害者を加害者に変える、詐欺団地の核心
施設に残された台本、標的の記録、通話ブース、偽警察署は、詐欺が分業されていたことを示している。標的の個人情報を集め、最初の連絡を取り、警察官や恋愛相手を演じ、最後に送金を迫る。
資料には、家庭内暴力の被害など、標的が抱える事情も記録されていた。冒頭の男性は、電気を止められる不安から情報を話している。犯罪組織は、相手が抱える問題を説得の糸口に変えていた。
一方で、詐欺団地にいた全員が人身売買の被害者だったわけでもない。報酬を求めて参加した者、作業員を監視する者、人材を集める者、施設を管理する者もいる。実際、ロイヤルヒルで自発的に詐欺へ参加したと認定されたタイ人は、懲役5年の判決を受けている。ロイターの2026年7月調査
強要された者と、自ら利益を求めて参加した者は分けなければならない。しかし現場に両者が混在すると、最初に摘発対象となりやすいのは、電話やメッセージを担当していた実行役だ。
結果として、犯罪を設計し、利益を得ていた上層部ほど現場から遠くなる。被害者に犯罪をさせる仕組みは、責任の所在まで見えにくくする。
月20万ドルで貸し出された3棟
タイの治安当局は、ロイヤルヒルの柵で囲まれた建物群に約3000人がいたと推定している。施設は約200エーカーに及ぶ、さらに大きな詐欺区域の一部だったとされる。
ロイターは2026年7月、現場で見つかった契約書から、カジノを運営するリム・ヘング・グループが詐欺に使われた建物の貸主だったと報じた。2024年3月付の契約書では、ロイヤルヒル側が中国人名義の借り主へ3棟を2年間、月額20万ドルで貸すとされていた。
これは国境の町にある物件としては極めて高い。3棟のうち最大の建物と同程度の広さを持つプノンペンの物件は、月額2万5000ドルで賃貸募集されていた。
ただし、ロイターはリム・ヘング・グループが詐欺や人身売買へ直接関与していた証拠は確認できなかったとしている。確認できるのは、同グループが貸主だったこと、建物が犯罪に使われたこと、月20万ドルの契約が存在したことまでだ。
それでも、約3000人規模の施設は、土地、建物、電力、通信、警備なしには動かない。
詐欺団地には住所がある。末端の実行役だけを捕まえても、施設を動かす資金と仕組みが残れば、犯罪は別の場所で続く。
86施設のうち、介入確認は24カ所
カンボジア政府は2025年7月以降、大規模な摘発を進め、多数の詐欺施設を閉鎖したと発表している。
アムネスティはその後、新たに33カ所を特定。2026年6月の報告では、2022年から2026年に活動が確認された詐欺施設は合計86カ所となった。このうち、2025年7月から2026年4月までに国家の介入が確認できたのは24カ所だった。
警察が入った後も人権侵害が続いていた施設や、摘発前に収容者を別の場所へ移した例も報告されている。アムネスティの2026年調査
カンボジア政府はこの報告を一面的だとして拒否し、全国で逮捕、資産押収、施設の解体を続けていると反論した。ロイターも、アムネスティと政府双方の主張をすべて独自に確認したわけではないとしている。
多くの施設は、中国系を中心とする越境犯罪組織によって運営されているとみられ、同様の拠点はミャンマー、ラオス、フィリピンなどにも広がっている。カンボジアという国だけの問題ではない。
建物が閉鎖されても、標的の名簿、詐欺の台本、口座、暗号資産の経路は残る。偽求人も別の名前で出し直せる。大規模な施設が目立つなら小さな拠点へ分散し、一つの国で摘発が厳しくなれば別の地域へ移る。
国連薬物犯罪事務所も、摘発された組織が小規模な集団として再編され、東南アジアで確認された犯罪モデルが世界各地へ広がっていると指摘している。
日本から奪われた金が、次の監禁を生む
冒頭の73歳男性は金を送らなかった。それでも、電話で話した情報は海を越え、カンボジアの施設に記録されていた。
日本の特殊詐欺被害のすべてが海外へ流れたわけではなく、個々の被害金がどの施設へ渡ったのかを追跡することも難しい。ただ、日本から海外の詐欺組織へ渡った金が、その組織の収益になることは変わらない。
その金が施設の賃料や通信、警備、新たな人間を集める費用に回る。偽求人で連れてこられた人間が監禁され、今度は次の日本人を騙すよう強要される。
日本で金を奪われる被害と、現地で人が監禁される被害は、同じ収益構造の両端にある。
この資金の流れを断たない限り、詐欺団地は何度潰しても別の場所で再建され、次の監禁被害者と詐欺被害者を生み続ける。
詐欺は「見抜く」より、一度切る
詐欺に遭うのは、知識がない人だけではない。
「逮捕される」「電気が止まる」「家族にも話すな」「今すぐ送金しろ」。恐怖、権威、時間制限、孤立が重なると、誰でも冷静な判断が難しくなる。詐欺組織は、まさにその状態を作ろうとしている。
警察署らしい部屋も、制服も、逮捕状も、電話に表示される番号も偽装できる。相手の演技を見破ろうとするより、最初から対応手順を決めておく方が確実だ。
- 警察、銀行、電力会社を名乗られても、一度電話を切る
- 相手から教えられた番号やURLは使わず、自分で公式サイトを調べて連絡する
- 「誰にも話すな」「今すぐ送金しろ」「無実を証明するために金を移せ」と言われたら詐欺を疑う
- 銀行残高、暗証番号、ネットバンキングのパスワード、認証コードを伝えない
- 一人で判断せず、家族や警察、金融機関へ相談する
本物の警察官が、SNSやビデオ通話で警察手帳や逮捕状を見せたり、捜査を理由に送金を求めたりすることはない。不審な電話は一度切り、自分で調べた警察署の番号か、警察相談専用電話「#9110」へ連絡してほしい。警察庁のニセ警察詐欺対策
すでに金を送ってしまった場合は、すぐに金融機関と警察へ連絡する。個人情報を話しただけでも、不安があれば「#9110」や消費者ホットライン「188」に相談できる。
また、警察庁は、特殊詐欺に使われた電話番号を警告・遮断する無料の推奨アプリを案内している。国際電話番号からの着信対策としても利用できる。警察庁推奨の詐欺対策アプリ
詐欺師を見抜けると思わないこと、どんな肩書を名乗られても一度切ること、それだけで相手に奪われかけた「考える時間」を取り戻せる。

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