『となりのトトロ』には、奇妙な都市伝説がつきまとっている。

「トトロは死神」「池でメイは亡くなっている」「後半のサツキとメイには影がない」。噂は広がり続け、2007年にはスタジオジブリが公式サイトで否定する事態になった。家族で楽しめる優しい作品なのに、なぜ多くの人がその裏に死の物語を探したのだろうか。

今夜の金曜ロードショーでは、1988年公開の『となりのトトロ』を午後9時から10時54分までノーカットで放送する。見ながら確認できる小ネタや制作秘話、宮﨑駿監督が語った「病人が亡くなった未完成の家」という設定を紹介しながら、都市伝説が生まれた理由まで追っていく。
※以下では、作品や資料で確認できる事実と、ネット上の都市伝説、筆者による解釈を分けて紹介する。

totoro

都市伝説ではなかった、サツキとメイの家の裏設定

サツキとメイの家について、宮﨑監督自身が語った背景設定がある。

サツキとメイが引っ越してきた和洋折衷の家は、もともと病人を療養させるための離れがついた別荘として考えられていた。日当たりのよい洋間は結核患者のための療養室。しかし、その人物が完成前に亡くなり、家は未完成のまま残されたという想定だった。

草壁家がそこへ移り住んだのも、入院中の母親が退院した後、空気のよい場所で暮らせるようにするためである。かつて病人が亡くなった家に、今度は病気の母親を迎えようとしていることになる。

この背景は本編で説明されない。それでも、古びた柱や洋間だけが付け足されたような造りを見ると、カンタの「お化け屋敷」という呼び方も冗談だけには聞こえない。

『となりのトトロ』は最初から国民的名作だったわけではない

都市伝説が生まれるほど細部まで繰り返し見られてきた作品だが、公開時から大成功していたわけではない。

『となりのトトロ』は1988年4月16日に公開された。原作・脚本・監督は宮﨑駿、音楽は久石譲。上映時間は約86分で、同時上映は高畑勲監督の『火垂るの墓』だった。

現在ではどちらも日本アニメを代表する作品だが、当時は異例の組み合わせだった。片方は戦争で家族を失う兄妹の物語、もう片方は母親の不在に耐える姉妹と不思議な森の物語。明るさは対照的でも、どちらも子どもの目から「家族を失うかもしれない世界」を描いている。

スタジオジブリは長編2本を同時に作るため第2スタジオを設けた。宮﨑駿と高畑勲の新作が同時公開されたのは、この一度だけである。

公開時の成績も振るわなかった。鈴木敏夫プロデューサーは後年、4週間興行の観客動員が45万人で、それまでの作品より大幅に悪かったと振り返っている。人気が広く定着したのは、その後のテレビ放送とトトロのぬいぐるみがきっかけだった。やがてトトロは、スタジオジブリのロゴにまで採用された。

公開時の動員だけを見れば、現在の知名度は予想できない。『となりのトトロ』は、映画館よりも公開後の家庭で人気を広げた作品だった。

放送を見ながら確認したいトトロの小ネタ

サツキとメイは、どちらも「5月」

姉のサツキは日本語の「皐月」、妹のメイは英語の「May」。二人の名前は、どちらも5月を表している。

初期構想では、主人公は姉妹ではなく一人の少女だった。雨のバス停でトトロと並ぶ有名な劇場用ポスターにも、サツキともメイとも完全には一致しない少女が描かれている。髪形や服装には二人の特徴が混ざっており、初期構想の名残とされている。

主人公を姉妹にしたことで、好奇心のまま森へ入る幼いメイと、弁当を作り、妹の世話も引き受けるサツキを同時に描けるようになった。さらに、メイが迷子になり、サツキが捜すという後半の物語も生まれた。

「トトロ」は本名なのか

森から戻ったメイに、サツキは絵本に出てくる「トロル」のことなのかと尋ねる。母親も、メイには「トトロ」と聞こえたのだろうと受け止めている。

大トトロが人間の言葉で名乗った場面はない。あの大きなうなり声を、メイが知っている「トロル」という言葉に結びつけただけとも読める。作品は最後まで、トトロの正体も種族も説明しない。

3匹には初期案の名前と年齢があった

書籍『THE ART OF となりのトトロ』に掲載された初期のイメージボードには、大・中・小トトロに「ミミンズク」「ズク」「ミン」という名前が記されている。年齢はそれぞれ1302歳、679歳、109歳とする案だった。

ただし、これは制作初期の資料に書かれた案であり、本編で正式な名前や年齢として説明されるものではない。

ネコバスの脚は12本

田畑や電線の上を猛スピードで走るネコバスの脚は12本。座席は柔らかな毛で覆われ、目は前照灯のように光る。

サツキがメイを捜していると分かると、行き先表示は地名ではなく「めい」に変わる。メイを発見した後には「七国山病院」と表示され、姉妹を母親の近くまで運んでいく。

お父さんは大学で考古学を教えている

父親の草壁タツオは、大学で考古学を教えながら翻訳の仕事もしているという設定。書斎に本や原稿が積み上がっているのはそのためだ。

サツキとメイがトトロに会ったと話しても、父親は嘘だと決めつけない。自分には見えなくても、森の主に会えたのかもしれないと受け止め、姉妹をクスノキへのあいさつに連れていく。未知のものを頭から否定しない父親として描かれている。

お母さんの病名は本編で明かされない

母親は長く入院しているが、具体的な病名は語られない。設定資料には「胸を病んで入院中」とあり、時代や療養期間から結核を想定したとする見方が有力である。

ただし、映画だけを根拠に結核と断定はできない。本編は病名を説明せず、「お母さんが帰ってこられないかもしれない」という姉妹の不安を描いている。

舞台は昭和30年代初め、モデルは所沢周辺

金曜ロードショー公式は、作品の背景を「昭和30年代はじめ」と紹介している。舗装されていない道、三輪自動車、井戸、かまど、電話を借りるため本家まで走る生活が描かれている。

一方、劇中のカレンダーと電報では年が一致していない。特定の一年に固定された設定ではないようだ。

作品の舞台として特に知られているのが、宮﨑監督が暮らしてきた埼玉県所沢市周辺である。所沢市も、市内近郊の原風景が作品の参考にされたと紹介している。

ただし、集落、バス停、病院、森のすべてに対応する一つの町が存在するわけではない。所沢や狭山丘陵を中心に、東京近郊の風景や宮﨑監督の記憶が組み合わされている。

死神はいない。それでも後半が怖くなる理由

『となりのトトロ』には明確な悪役がいない。トトロもススワタリも、見た目は不思議だが姉妹を傷つけない。それでも後半に入ると、映画の空気は急に重くなる。

きっかけは、七国山病院から届く電報である。電話が各家庭にない時代、短い文面だけでは母親に何が起きたのか分からない。サツキは電話を借り、父親に連絡し、泣くメイをなだめようとする。サツキも不安なのに、家族の前ではしっかり振る舞おうとする。

母親の退院延期を知ると、サツキは初めて感情を抑えきれなくなる。メイに厳しく当たり、おばあちゃんの前で泣き出す。母親も、聞き分けのよいサツキが無理をしていることに気づいている。しっかり者というより、しっかりせざるを得なかったように見える。

一方のメイはまだ4歳だ。母親が帰れない理由を理解できず、トウモロコシを届ければ元気になると信じ、一人で病院へ向かう。結果として道に迷い、村人総出の捜索が始まる。

池から子どものサンダルが見つかる場面に、怪物やオバケは出てこない。それでも、おばあちゃんは最悪の事態を想像し、サツキの到着を待っている。サツキがメイのものではないと確認するまで、初めて見る観客にも結末は分からない。さらに日が沈み、田畑や道は暗くなっていく。時間が過ぎるほど、メイを見つけるのが難しくなる。

この作品で日常を壊しかけるのは、オバケではない。病気、姉妹げんか、迷子、日没といった、どの家庭にも起こり得る出来事である。トトロの死亡説より先に、本編の中にはすでに十分な怖さが置かれていた。

「トトロは死神」有名な都市伝説を検証する

トトロは死神で、見た者は死ぬ

最も有名なのが、トトロは死神で、姿を見た子どもには死が近づいているという説だ。メイが行方不明になった後、サツキがトトロとネコバスの力を借りるため、二人は死後の世界へ入ったのだという話まで作られた。

しかし、作中にはトトロが命を奪う描写も、死者にだけ見えるという説明もない。エンディングには退院した母親と姉妹が過ごす、その後の生活も描かれている。

池で見つかったサンダルはメイのもの

メイは池で亡くなり、サツキが妹の死を認められず「メイのじゃない」と嘘をついたという説である。

だが、メイが履いていたサンダルと池から見つかったものは形が違う。サツキが嘘をついたとする根拠もない。その後、メイは池とは別の場所で無事に見つかっている。

物語後半で姉妹の影が消える

後半になるとサツキとメイの影が描かれなくなるため、すでに幽霊になっているという説も広まった。

この点について、スタジオジブリは作画上不要と判断して省略しただけだと説明している。メイの捜索場面は夕方から日没にかけて進むため、影が目立たない場面があること自体も不自然ではない。

両親には姉妹もトウモロコシも見えていない

サツキとメイが病室へ入らず、木の上から両親を見守ることから、「幽霊なので両親には見えない」という説が生まれた。

しかし母親は姉妹の気配を感じ、窓辺に置かれた「おかあさんへ」と書かれたトウモロコシにも気づく。少なくとも、トウモロコシまで見えていないという説は本編と合わない。

なぜ直接会わなかったのかは作中で説明されない。母親が元気そうだと確認できたため、余計な心配をかけずに帰ったとも読めるが、ここは解釈の範囲である。

狭山事件が物語のモデルになっている

舞台の参考とされた所沢が狭山市に近いこと、サツキとメイの名前がどちらも5月を意味することから、1963年に埼玉県で起きた狭山事件と作品を結びつける説がある。

しかし、制作側が事件をモデルにしたと示す確かな資料は確認されていない。初期構想では主人公が姉妹ではなく、一人の少女だったことも、事件の姉妹を最初からモデルにしたという説とは合わない。実在の事件を作品の隠し設定として扱うには、根拠が弱い。

ジブリは死亡説を公式に否定している

都市伝説が広まり、スタジオジブリには「トトロは死神なのか」という問い合わせが相次いだ。

そこでジブリ広報部は2007年5月、トトロが死神、メイが死亡しているという事実や設定はまったくないと公式サイトで説明した。影がない場面についても、作画上の省略だと明言している。

死亡説はネット上で広まった考察であり、隠された公式設定ではない。

死亡説を生んだのは、本編に残る不気味さだった

それでも死亡説は、放送のたびに語られる。噂が消えない理由の一つは、作品が多くを説明しないことにある。

トトロの正体、母親の病名、姉妹が病室へ入らなかった理由は説明されない。死亡説では、こうした空白に、影、サンダル、地名、5月という別々の要素が「死の証拠」として結びつけられた。

テレビで同じ作品が繰り返し放送されたことも、細部の検証を後押ししたと考えられる。筋を知っている観客は背景や省略された描写へ目を向ける。ネット上では、影やサンダルなど別々の指摘が集まり、やがて一つの「裏設定」として語られるようになった。

死亡説の材料は、本編の中にもあった。母親の退院延期、病院からの電報、メイの失踪、池に浮かぶ子どものサンダル。後半では、家族を失うかもしれない場面が立て続けに描かれる。

そこに、描かれなかった影や暗くなっていく田畑が重なった。どれも単独では死の証拠にならない。それでも一つの筋として読めば、「姉妹はすでに死んでいる」という別の物語になる。

トトロが死神だったのではない。本編にもともとあった不気味さから、観客が「死神のトトロ」という都市伝説を作ったのだ。

主な参考資料




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