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001 朝目新聞

サルトル

【哲学】記憶も名前も性格も失ったとき、それでも「自分」は残っているのか?

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病院のベッドで目を覚ます。


自分の名前が分からない。鏡に映る顔にも見覚えがない。目の前にいる人たちは家族だと名乗り、あなたの過去を次々と語るが、どの話にも実感がない。


身体だけは昨日までと同じだ。しかし、好きだったものも、嫌いだったものも、大切にしていた約束も覚えていない。性格まで以前とは変わっていたら、そこにいる人は本当に「昨日までのあなた」なのだろうか。


私たちは普段、自分が昨日と同じ人間であることを疑わない。だが、何を根拠にそう信じているのかと聞かれると、答えるのは意外に難しい。


自分とは、記憶なのか。身体なのか。性格なのか。それとも、それらをすべて失っても残る「何か」があるのだろうか。

病院のベッド記憶

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【哲学】SNS・承認欲求・共依存…現代人はなぜ“自分の実存”を失ってしまうのか

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共同体は壊れたのに、他人の目だけが残った。

昔の人間を縛っていたものは、家、村、学校、会社、世間だった。そこには窮屈さがあった。だが同時に、「自分はどこに属しているのか」という感覚もあった。

今は違う。共同体は弱まり、個人の時代になった。どこで働くか、誰と関わるか、何を信じるか。以前よりずっと自由に選べるようになった。

それなのに、現代人は他人の目から逃げられない。

投稿する前に、誰にどう見られるかを考える。怒る前に、どちら側の人間に見えるかを考える。楽しかった出来事でさえ、どう見せれば伝わるかを考える。SNSの中で私たちは、何度も“他人用の自分”を作っている。

昔は共同体に縛られていた。
今は関係性に閉じ込められている。

誰に嫌われないか。どの空気に乗るべきか。どの立場でいれば安全か。誰の機嫌を損ねないか。そう考え続けるうちに、人は少しずつ「自分はどうしたいのか」を見失っていく。

これは単なるSNS疲れではない。太宰治『人間失格』、ヘルマン・ヘッセ『車輪の下』、サルトル『嘔吐』、そして「他人は地獄だ」という言葉までつながる、古くて新しい問題である。

現代人はなぜ、自分の実存を失ってしまうのか。
ChatGPT Image 2026年7月1日 11_42_12
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